ライフステージとモノの関係

20130502-2

がらくたとして売っているものは無い
がらくたにしているのは自分だという認識を持つ

自ら銘打って「ジャンク品」と証するものを除いて、買ったその日から「がらくた」というものはありません。それを手にして、心躍る日々をともに過ごした仲間でした。 ところが時間がたつと、少しずつズレを感じるようになってきます。

暮らしのステージが変わると必要なものが変化します。
それに気づいたときに修正しないとがらくたになります。

小学生の頃のクラス替えと似ています。

最初は前の学年のクラスの友達と生活します。しかし「クラスが同じだった」というだけでほかに共通項がありません。だんだんと新しくできた友達のとの接触が増えるにつれて「クラスが同じだった」という共通項より「外遊びが好き」「家が近い」「ゲームがうまい」「同じマンガが好き」というほかの要素の方が上回りだんだんと「元クラスメイト」より「新クラスメイト」と遊ぶようになります。 それが、暮らしのステージの変化です。

人だとお互いに何となく距離をとったり縮めたりと、お互いの理解で加減できます。

モノはそれができません。

暮らしのステージが変化し、関係性の薄くなったものをそのまま放置すると「がらくた」になります。

我が家は男児が2人います。
気をつけないとあっというまにがらくた化するものがたくさんあります。子どもは成長が速いのであっという間につきあうモノが変化します。ミニカー、電車、ブロック、マンガ雑誌の付録、ゲームセンターのオマケ・・・・興味は尽きずあらゆるものがたまっていきます。

おとなも例外ではありません。
最近では洋服ががらくた化していました。
「着る服」と「着られる服」が混在し、既にがらくた化しているのに「着られるから」と無意識に保管している自分に気がつき、驚きました。
自分は「必要でなければ捨てること」が出来ると思っていたからです。

知らず知らずのうちに関係性の薄くなったものたち囲まれていると「がらくたばかり」の家になってしまいます。

なにかを新調したいと思ったとき、進学、進級、季節の変わり目、引っ越し、月初、月末。 自分の好みの「区切り」を使って、モノとの関係を見直そうと考えています。

この5月の連休も、すこしモノの分類にあてたいと思案するランチ前でした。

編集後記: 5月よりリニューアルした「くらしすたんと」ですが、きっかけを与えてくれたのは4月28日に行われた「らした会」です。たくさんの発見がありました。発起人パウゼさんのtweetがこちら。

囲まれていたらしたさんのブログがこちら
東京で囲まれてきました。

脳みそ沸騰しそうな時間でした。

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