料理研究家小林カツ代先生の訃報を目にした時、ワタシはすぐに母へメールをした

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母の味はカツ代先生のレシピ

料理研究家小林カツ代先生がなくなったというニュースが飛び込んできました。
ワタシはすぐに実家の母へメールしました。気持ちを共有できるのは母と感じたからです。


小林カツ代さんが死去 テレビで活躍の料理研究家 「私が死んでもレシピは永遠に残る」
R.I.P


「ケンタロウハウス」料理家ケンタロウの公式ケータイレシピサイト

料理家のケンタロウ氏のお母さん、と説明した方がわかるかな?

ワタシの母の本棚にはたくさんのカツ代先生の本が並んでいました。今の料理本みたいにカラフルなものは少なくて、文字ばっかりの料理の本。現在の料理の本にくらべたら派手さはないけれど、本当に実用的でおいしいのに簡単。小学3年生のワタシがマドレーヌを初めて作ったのもこの本でした。今では高値が付いて手に入れるのは難しいです。こういう本こそ、kindle化したらいいのに!!!!!!!

わが家の味と言えるもの

以前投稿したブログ記事七草がゆとお天気と今週の献立でも書きましたが郷土料理や行事食というものを両親から受継いでいません。それでもワタシがウチの子達に「わが家の味」というものを伝えられていたら、それはカツ代先生と母のおかげです。

小さな頃から繰り返し食べた味を、ジブンで再現してみる。うまくいかずに母に聞く。こつを教えてもらいまた作る。結婚後はそんなこともしていました。母はもう作り方がカラダに染み込んでいて、当時持っていたカツ代さんの本がいまはもう実家にも無いのです。

らくらくケーキ作りはほんとに手元に欲しい・・・。1・1・1のクレープなんて「こんなに簡単でいいのか??」と。絶品です。


小林カツ代さんのレシピで、1:1:1のクレープ、というのがあったと思うのですが、… – Yahoo!知恵袋

食べる人への料理、生きるためのごはん

すごく印象に残っているのがこの本。

出典が違っていたら申し訳ない。たぶんこの本だったと記憶しているのですが。
カツ代先生が書いていた文章の中に幼稚園でおべんとうと食についての講演をしたと言うお話がありました。

※書籍からの引用ではなくワタシが覚えてる内容を確かこんな文体だったなあ、という再現です。

「幼稚園児のお弁当という本を見たら、おかずカップに綺麗な色のついたゼリーがあったと言うんです。それを子どもに持たせたら昼にはゼリーが溶けてお弁当がぜんぶダメになったとそのお母さんは言うんです。

でもね、考えてください。かんてんならまだしもゼリーは常温では固まりません。書いた本も良くないけど温かいごはんの横にそれを詰めたらどうなるか想像することも大事よね。

可愛らしいお弁当もいいけど、子ども達の食べる3食の食事のうちの1回です。ごはんとしてきちんとバランスを考えたおいしい食事を用意しませんか?」

いつ読んだのかも覚えていないのですが、すごく印象に残っています。この講演をした幼稚園では次の日からお弁当にフルーツとウインナーがなかったという笑い話も添えてありました。カツ代先生がそれらが多すぎると言ったからとか。

「フルーツとウインナーに頼らないお弁当をつくるのはお母さんたちはとても苦労したと思います。でも子ども達にとってとても良いお弁当になったと思います。」ともかいておられました。

カツ代先生は、「簡単」「スピーディ」だけを求めて料理をしていた訳ではないことがよくわかるエピソードです。
食べる人がおいしいものを、成長に必要な栄養が取れることを、そして作る人が無理のないようにと考えられたレシピだからこそたくさんの人に受継がれているのです。

編集後記

カツ代先生が病気療養中ということは伝聞されていましたが、元気なお姿を見られずに訃報にふれてとても寂しいです。
自身のプロデューサー商品を出しはじめた時、ワンショルダーのエプロンが微妙にダサくて(笑)好きになれなかったけど。
料理本はほんとにおすすめ!

ケンタロウ氏の本もいい。

マーナからはプロデュース商品販売中の模様。


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