わたしのなかのこども

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子どもが二人もいて、主婦を10年以上やっていて、まもなく40になろうとしてるのにもかかわらず、ココロが全く大人になっていなかったという話です。

わたしはいつもだれかに認めてもらうことを欲して生きていた。
だれかに褒めてもらったり、仕事で結果を、数字を出してみたり、すごいと言われたかったし、だれかの役に立つことで自分の存在意義を見つけていた。
顕著なのが親との関係で、

「しっかりした良い子」
「面倒見の良いお姉さん」
そうでないと親からの注目が得られないと感じていた。
この不足感がずっと残っていて自分でもどうしようもなくて結構キツかった。

それを引きずったまま大人になってしまい、自分の存在意義の感覚をこじらせ、「あなたはいるだけでいいのよ」とは到底思えないし、今でもそんなことは思えない。ありのままの自分なんてどこにもない。

自分の子どもが大きくなって、だいぶ日本語も上手に操るようになり、わたしからの愛情をどういうふうに受け止めてるかが気になって聞いたことがある。寝しなに、長男(8)の背中に向けて話しかけた。

「太郎(仮名)はいつもお手伝いしたり、くもんがんばったりしてるけど、そうでなくてもそばにいてくれるだけで大好きだよ」と。

返事は、
「そんなのわかってるよ。」だった。

太郎(仮名)がそう思ってくれているのは本当に安心した。
そして太郎(仮名)はそこそこわがままも言うし、言いたいことは言うのでホッとしている。わたしが子どもの頃は、かわいくないくらい空気読んでしゃべっていた。大人は都合のいいときだけ「大人の話に首を突っ込むな」っていうよな、って思ってた。

だれかに褒めてもらったり、だれかの役に立つこと「だけ」が自分の存在価値になってしまうとほんとうに生きづらくなるからだ。

「これだけのことをしたんだから見返りにわたしに愛情を注げ。」

幼い日のわたしはきっとこう考えていたのだ。当時は言語化出来なかったけれど。
いまも、子ども達にはそんなことは考えていないけど、夫にはそう考えている・・・気がする。だから家事が辛くなる。家事が満足に出来ないと愛情を受ける価値がないと考えているからだ。

この本を読みながらそんなことを考えていた。
まだ読み終えていないので、最後まで読み終えた時、少しはわたしは変われているだろうか?

編集後記

あんまり暗いんでさいごだけ笑いで落とす!わりとサインが多くて少ない脳みそ使ったよ(笑)結構あるあるでしょ?!

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