オープンスケジュールで過ごす

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自分の目標とか目的がない

突然の変化から数日。

ワタシにとってなにが「MIT」=most inportant tasks なのか?いまはわかりません。

「MIT」と「オープンスケジュール」についてはこちらをご参照ください。

MITは、自分のための、人生に関わる重要なタスク、という意味。例えばサッカー選手ならサッカーに関わること=自身のカラダ作りがMITとなることでしょう。

オープンスケジュールは簡単に言えばだれかと約束しない、ということ。その日、そのときになったら決めましょう、ということ。アポイントメントを取らない。

兼業シュフのワタシはアポイントメントなんてなくて大丈夫。
パートの時間とこども達の学校や幼稚園の行事程度は記録してそれ以外は自由にします。この状況に慣れるまでしばらく。

いままで「だれかの期待(思い込み)」という定規で測っていたので自分が何のために生きて何のために働いているのかよくわかりません。空虚。ポカーンとしていて、スッキリした感じ。自分で何でも決めていいというのがピンと来ないので目の前にあることをこなしています。

掃除や洗濯や料理や育児。
自分で「コレをやろう」と決めること。

「やらねばならない」と考えていた日々とは全く違います。

何をしても辛くない。

洗濯物を畳むのはただ、洗濯物を畳むことで。
料理はただ、料理すること。
掃除もただただ、掃除をすること。

いままではそれらも「やらされている」ことで、外側からの圧力から行っていることでした。
そうじも洗濯も掃除も料理も子育ても何もかも。

「こうあるべき」と、夫(外側の要因)がワタシがするべきことと思っている基準を満たさなければと考えていました。(ワタシの思い込み・自己犠牲スキーマ)

※夫の名誉のために付け加えておくならば彼はワタシにそれらを要求したことは無い。ワタシの勝手な思い込みである。

「やらねばならないこと」をこなすための「タスク管理」だったのでたのしいわけが無いし、「やることを潰す的」な達成感はあるにしても、ゴールが自分から発生してなくて外因、外圧が基準になってるのでいつまでたっても「成した」気がしないのはあたりまえだったのでした。

こどもの頃に異様に「しっかりしたこども・姉」を演じなければならなかった過去とリンクしているので今だけにフォーカス出来ないのですが、まあ、こんな感じでした。

今のワタシは社会生活に最低限必要な用件をメモしておける月間ブロックのメモ手帳(パートの時間帯や学校、幼稚園の行事を書き込む)と、買い物メモや使ったお金を記録する程度で分刻みで追われるように生活する必要がなくなりました。

眠るときはグッスリ眠れて、毎食のごはんがものすごくおいしい。

こんな小さなことにいちいち感動しながら過ごしています。

昨日の外食したらーめん、すっごくおいしかった。

※メンタルヘルスについては医師の診断を仰ぎ、医師から紹介された心理士のカウンセリングを受けることをお勧めします。「自己犠牲スキーマ」で検索をかけたら自称カウンセラーみたいな人がいっぱい出てきたので念のため。

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