「・・・ねばならない」で生きてきたわたしの変化

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生き方の変化

無意識のうちに、自分で自分に一定の役割を与え、誰かの期待に添うように動き、人の目を気にして、生きていました。

被害者意識でいっぱいであれもこれも出来ないのは人のせいだと思っていました。

たとえば子どもがいるから、夫がいるから、女だから、シュフだから、パートだから、高卒だから、親の育て方が悪かったからetc・・・

ある意味、こちらのほうがラクです。自分の責任じゃなくて人のせいに出来ますから。でもやっぱり辛かった。なにをしても見えないゴールに向かっているような気分でした。

自分以外の誰かのために毎日毎日「○○をしなければならない」生活。

現在。
きちんと意識して、自分のことは自分で決め、誰かの期待は誰かの期待であってわたしの希望ではないことを確認し、人の目よりも自分自身の心の目を感じて生きるようになりました。

我慢をせずに、自分の思うことを率直に伝えることは勇気がいります。
自分の考えを、自分のために、行動に移すのは勇気がいります。
それでも、考えて判断し、少しずつ行動します。

この生き方は言い訳が出来ません。全部自分で決めたのだから、全部自分で責任を負います。誰のせいにも出来ませんから、忙しい日も大変な日もうれしい日もたのしい日も。全部自分で采配します。協力を求めることはしても、最終的な責任は自分です。
大変だけど毎日ごはんがおいしくて、ぐっすり眠ることが出来ます。この違いはいったい何なのだろう?

あれから3ヶ月

自身のパラダイムシフトが起きたのが7月の半ば。

今までの生き方が上を仰ぎ見て、近づこうとがんばっているのにずっと手が届かない感じだとすると、今の生き方は「こんなふうにありたい自分」の泡がいくつかぷくぷくしていて、その内側をコツコツと行動で満たしている状態です。いつまでも手の届かない感じより、ずっと心地いいです。
自分の感情の変化を定点観測しています。
ブログにも書き綴っています。

こんな投稿をしたのち「青天の霹靂」

・・・http://kurasistant.com/archives/4322lifelog

自身の暮らしをオープンスケジュールとし「オープンスケジュールで過ごす」
・・・http://kurasistant.com/archives/4328organize

少しずつ変化を受け入れてインプットをしだし、本を読み出したころ「レビュー」するモノゴトを再定義する
・・・http://kurasistant.com/archives/4444organize

日常をすこしずつ取り戻し、高揚感だけでなくイライラを感じ始める。「イライラの原因と向き合う」
・・・http://kurasistant.com/archives/4453organize

自分の気持ちをまとめ、整理し、今後どのようにしていくのか落とし込みが始まる。「わたしの夏休みの終わり」
・・・http://kurasistant.com/archives/4547lifelog

 やってることはあんまりかわらない

徹底的になにもしなかった時期を経て、いまは手帳とtodoistを使ってタスク管理をしています。このあたりはもともと好きなんですね、やっぱり。
※下記の手帳は今年使用したもの。来年はほぼ日手帳オリジナルをすでに購入済み。

ただ、やっている行動は同じでも心持ちが違うとこんなにも取り組み方が違うのか!と、驚く日々です。子どものスケジュールひとつとっても「夫がやらないから仕方なく自分がやっている」と考えるのと主体的に自分が管理し、家族に展開し、運用するのとではぜんぜん違います。今までと代わり映えしないタスク管理かもしれないけど、またBlog記事にしたいと考えています。

もっとこどものうちからイキイキと暮らせたらなあ、と考えなくもないですがしかたがありません。今からがんばります。

なるほど納得の一冊。kindleセールでゲット。

今読み返したら違う気持ちで読めそう。

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コメント

  1. […] めている不肖ワタクシくらちのりこがいろいろと、私的な環境の変化がありまして(ブログでいろいろと書いております・・・)すこしfmjをお休みをしようとはずっと考えていました。年 […]