「人生をシンプルにする」ことを考える

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「シンプルな人生」ってなんだろう?

減らす技術を読んでいたら、レオ・バボータの2年間で達成したことリストのなかの12番目に「人生をシンプルにした」という項目がありました。ほかは20キロ痩せたとか、トライアスロンを2回完走したとか菜食主義になったなど、具体的なものなのです。たしかにスモールステップで習慣化して達成するんだろうな、とイメージしやすいモノが羅列している中、コレだけ良くわからなかった。

「人生をシンプルにした」

それっていったい何なのだろう?もちろん本文中にそれらについての言及はあるのだけれど本質に迫る、と言い換えているだけで具体的に「シンプルな人生とはこういうものです」という提示はもちろんありません。人それぞれだから。その人それぞれが導きだすステップも本文中にありますがそれでもいまひとつピンと来ないまま。

そんなことを考えながら家の掃除をしていました。
大きくどっさりモノを捨てたり、行動を極端に変化させることではない、とワタシの考えるシンプルの考え方が見えてきました。いまやっていることとたぶん、逆のことだ。そんなふうに思い至りました。

ちいさなことを見逃さず、まいにちまいにちいらないものを出して必要なモノを補填する。まるで身体の新陳代謝のように。モノ(things)もそうだし、やること(todo)も感じる(feel)ことも栄養(eat)を取ることも。

今日の掃除は「大きくどっさりモノを捨てるし、行動を極端に変化させること」をしているけれど、これは暮らしの健康診断と思うことにする。健康診断前にお水しか飲めない日があるように、暮らしを一時停止してスッキリさせ、滞っているところを見つける。自分が普段どんなことをおろそかにしているか?が、見えてくるのでそこをケアするつもりでメモしてました。

ワタシの考える「人生をシンプルにした」ことが見えてきた

これらの作業を経て、自分の「暮らしカルテ」を作り、メンテナンスし続けることそのものが「シンプルな人生」ではないか?と、考えるようになりました。

「暮らしカルテ」になるまえの「暮らし診療メモ」が以下です。。掃除しながらふと思いついたらアプリにちょいちょい書き込んでいました。

  • モノを持ちすぎず、極端に減らしすぎず、自分が管理できる程よい量を持ち、使い切ったと思ったらキチンと処分する。服や食品、食器などまいにち使うものほどこまめにメンテナンスをする。長く丁寧に使うのと同じくらい、使い終わったもの、使い切ったもの、使っては見たもののしっくり来ないまま置きっぱなしのものなどは、しっかりと処分し、循環させる。(廃棄だけでなくリサイクルももちろん含めて)
  • 仕事、家事、育児はバランスではなくインクルード。そろって人生。全体を見渡して程よく舵を切る。バランスさせてしまうと「多い」、「少ない」で動いてしまうのでまとまりで考える。流れで考える。ちょっと大きい視点で考える。
  • 自身の得意分野で社会に貢献する。(仕事だけにあらず)(この部分についてはのびしろがあると思いたい。模索中。)
  • 食事は身体を作るものと同時に楽しみでもあり、次世代(=子供)に伝えていくものでもある。ただただ栄養にこだわるのでなく、ただ楽しむだけでなく伝統と文化も伝えるツールになる。・・・ということを予算も考えながら取回す、けっこう大掛かりなプロジェクトだったりする。

行動しながら考えを深める

考えるだけで時間が経ってしまうことがおおいので、すこしでも気づいたことを日々の行動に加えながら、また考えてやってみる。どうなったか観察する。良くなれば継続、そうでなければ方法を変える。文字に起こすとどういうことは無いのですが、こういう地味な作業ほどすぐに忘れてしまうし、たいしたこと無いと思っているうちにいろんなものが溜まっていきます。

ちいさなことを見逃さず、まいにちまいにちいらないものを出して必要なモノを補填する。まるで身体の新陳代謝のように。モノ(things)もそうだし、やること(todo)も感じる(feel)ことも栄養(eat)を取ることも。

上段に書いたこれが、今のワタシがやることを、いちばん端的に表しているような気がします。

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