子どもの読書・自分から?それとも親から?

file0001657242870

子どもと読書

Twitterでこんな会話をしていました。

きっかけはこのいっきさんの記事を読んで「そういえば働きかけなんてしてないなー(汗)」と、いまさら思ったわけです。

iki0216|子供に読書を……、「させる」!ことへの意思と後ろめたさ | イキブロ

今はスポーツに夢中の長男の愛読書は「サッカー選手年鑑」と「野球選手年鑑」です。

アタマの中がデータでいっぱいでいつも戦術を練っています。
そんな様子なので、無理に読書を勧めても「強要」されていると感じるだけであまり意味がないかなと。

細かい文字を読むのが嫌、というわけではなさそうなのでいずれ出会う時が来れば大丈夫・・・とは考えていたもののこんな一生懸命働きかけをしている記事を読んで心が揺らぐ(汗)

そんな時にたまたま家にあった「モモ」を勧めてみたのです。
どうせ手に取らないだろう、どうせ見向きもしないだろう・・・と、思いながら。

ところが!

嬉しい誤算でなんと素直に手にとって読んでいるのです。これには驚きました!
読まないだけで読もうとすれば読み進むことはできるんだ!と。

家で「物語」の本を読んでいる姿を見たのは3年生くらいが最後なんじゃ?と思うくらいなので、物語のストーリーを追って読んでいる長男の姿を見るのは新鮮でした。3日くらいかけて1章を読んでいました。

自分が子供の頃は本の続きが気になりすぎて途中で読むことをやめられず、「本の読みすぎで怒られる」子供だったため(寝る部屋の電気を消されても布団に懐中電灯持ち込むを本気でやってた。ばれた。)途中で読むことをやめられる方が私には不思議だったりするのですが、それはまあ、好みの問題というか私が異常なのかもしれないのであまり比較対象にならないか。極端すぎて。

逆に長男はデータものはずーーーっと読んでいます。着替えながら、歯磨きしながら、見開きで手を離してもページが閉じないようにキープして目で追っています。年に1回しか出ないので読みすぎてボロッボロになってテープで補強しているほどです。寝る部屋を暗くしても、隣室の隙間明かりで読もうとしているのを見かけたときはDNAを感じました。読むジャンルは違うけど文字や数字を読みとって頭の中で膨らませて楽しむという行為は同じだ。そう思いました。だから私はやっぱりこれからもそんなマメには本を勧めることはあんまりしないかもしれません。そしてまたいっきさんのブログ記事を目にして慌てて子供たちに勧めたりするのでしょう。

ひとまず今回は「読みなさい!」ではなくて「読んでみる?」で、本に向かえる程度に活字には抵抗がないことが分かってホッとしました。

さいごに

・・・そして今夜は「あー、そういえばモモの続きでも読もうかなあ。」と、手にとっていました。
それを見てこの記事を書こうと思いつきました。

これで長男が物語を読むようになったら長男の読書のきっかけは親ではなくていっきさんのブログ記事のおかげですw
ちなみに次男は乱読派でなんでも読めちゃうタイプです。マンガでも図鑑でも物語でも。まだゾロリレベルですが。

そうそう。子供が「推理小説」を読めるようになるのは高学年以降とどこかで読みました。出典を忘れて失礼(汗)

なぜなら、時間の概念、複数の登場人物の役割や人間関係、ロジックの理解(犯人っぽくない人が犯人だったりするような)に面白さを見出せるようになるのが少なくとも10歳過ぎてからでないと「脳の働き」として扱えないからだそうです。
自分と比較したり、他人と比較したり、経験から導き出したり・・・と、実際の自分の経験が読書の中で生かされるようになった時により面白さがより分かるようになる・・・と、読んだのだけど何の本だったけかなーーーー(汗)

▽わたしが小学5年生(今の長男の年だ!)の時にこの漫画を読んで原作者の本を母に勧められたのがきっかけで・・・

▽青い背表紙の角川文庫で赤川次郎を読みだしたのがわたしの読書の始まりでした。

▽星新一は教科書で出会って

▽そして少女小説というものが流行り出した時に中学生になり・・・

そのあとは山田詠美、よしもとばなな、江國香織、片岡義男、村上春樹etc・・・他にも友達からたくさん本借りたなあ。

▽作家としての前に、この本で片岡義男を知りました。この本はすっごくいい。

スポンサーリンク