「ボーイッシュ」というキャラクター

Photo by at BreonWarwick Morguefile.com

ヘアスタイルはだいたいショートでほとんど伸ばしたことはない。
学生時代の制服以外のワードローブはほとんどがズボン。
スカートは数えるほどしかない。

ピンクや赤やいわゆる女の子が好きといわれる色味を苦手とし、青や緑や黄色、紺カーキ茶。そんな色を好んでいた。

・・・と、思っていた。自分でそれらを選んでいるとずっと思っていた。
それらを選んでいるのは母だった。直接的にそれを選んでいるわけではないけど外堀から埋められていく感じだった。

「結婚しなくてもよかった」(つまり私(=子供)は本当はいらなかったんだろうか?)
「ショートカットの方がいい」(髪を伸ばすのは母の意向に沿わない)
「自分の言いたいことは言う」(母の言うことが正しいのだから私は黙っている)

すべては受け止め手の問題であって母が悪いわけではないのだけれど親の影響力というのは計り知れない。という話です。

母が私にこぼす愚痴からすくい取ってしまった上澄みはいわゆる「女性らしい」とされるものの否定と、結婚より独立志向と、はっきりともの言いできるサバサバした性格が良しとされることでした。これはもちろん「悪いこと」ではなく各人の「志向」の話であって、問題は母がこの話を「大人の友達」にする話ではなかったか?と考えさせられたことでした。

こちらのツイートに対するリプライもぜひご一読ください。

これを読んで、ああ、私はずっと「母の描いたあこがれ」を私が体現しようとしてしまっていて、それを自分が選んだことと混同していたんだ・・・と言うことに気がつけました。よかった。

私の憧れは、本当はちょっと色っぽい感じの人が好きでpersonzのJILLとかレベッカのnokkoが好きだった。音楽はたくさん聞いたけどビジュアルを真似することはなかった。

この文を読んで私の心の奥の固いものがぽろっ、と取れた。

髪を伸ばしてみたり、いままでよりちょっとメイクもきちんとしてみたり、ちょっときれいめの服装に興味がいったりしていたのは単純に加齢に抗っていたわけではなくて、

「母の影響下からやっと離れた」

・・・ってことだな、と腑に落ちた。
ここ数年の心の整理と変化のうちの一つの表れだということに気がついた。

一昨年の夏。 家族との衝突がきっかけで地面が崩れ落ちるようなパラダイムシフトを経験し、ゼロから「自分」を組み立てました...

画像にすると母の理想像って有働アナみたいな感じで、
私が好きなのって風吹ジュンみたいなかんじなのです。

正・反・対!!

そしてどんな親もそう思うように子供には子供の人生を送って欲しいと思っていながら知らず知らずのうちに洗脳しちゃう・・・のかな・・?どうしても思考、志向、嗜好は家族の中で育まれるものだから自分の好きなものと家族の好きなものをフラットに認め合うことがものすごく大事だなとかいろいろ考えました。

この出来事は過去の自分に対する解決であると同時に、今、自分の子供たちに変な呪いをかけていないか自戒も込めて考えさせられるものでした。

私自身が「ボーイッシュ」な女子としてそだてられていたことで自分の子供が男児だったので役立つこともいっぱいあったのでそれはそれでよかったんだけれども。結果的に。

コロコロコミックが愛読書、プロゴルファー猿が好きだったり、ファミコン大好き、魔法少女シリーズを見つつもタイムボカンシリーズも同じくらい好きだったり。人並みに「なかよし」や「りぼん」をよみ、男子に「ジャンプ」と「サンデー」と「マガジン」を借りて読み、ボニータと花ゆめ、少女コミックを読み・・・ここらへんは関係ないかw

その後漫画から雑誌に移行してオリーブ→MCシスター→ヴァンテーヌと割と今の嗜好に近いところに行ったけど結局そのビジュアルを模倣するのがすでに気恥ずかしいくらい「ボーイッシュ」キャラが浸透しすぎていた。

いまはもう誰かに見せるためのファッションではなくて自分が気持ちよく自分が好きなファッションをしたいと思うことから始まった変化なのかな?と、おもいました。

注意※「女らしさ」という表現がどうにも迷いましたが昭和の頃に育った人が使う形容詞的意味です。

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